去る7月29日 私たち桐生南無の会会員が師と仰ぎ尊敬しておりました南無の会会長松原泰道先生が満101歳で遷化されました。ここに謹んで哀悼の意を表します。
泰道先生を偲ぶ 本間 光雄
皆さん既にご承知のこととは思いますが、去る7月29日午前11時28分に松原泰道先生が遷化されました。
現代の高僧として、百歳を超えてなお精力的に執筆を続けられる姿は、私たちにとって欠くことのできない道標でありました。
ご遷化の報に接したとき、私はとてつもなく大きな支えを失った思いで一杯になるとともに、今日まで私たちを見守り、励まし、育てていただいたご恩の深さを改めて思い、残念でなりませんでした。
先生は日頃から「独楽の舞倒れ」をおっしゃり、一生勉強、生涯現役の姿を身を以て私たちに見せてくださっていました。掛けていただいた暖かい言葉の数々が、お会いしたときのお姿が、桐生南無の会の講演をいただいた時のことなどが、走馬燈のように頭を駆けめぐり、気持ちの整理が付かない有様でした。
気持ちが落ち着かないまま夕方になり、イヌの散歩をしているとき、突然お釈迦様のことが頭に浮かんできたのです。二月に仏跡参拝の旅をしましたが、クシナガラの涅槃像のお姿が浮かんでくるとともに、お釈迦様の言葉が思い起こされてきたのです。
今まさに涅槃に入られる、その事態にうろたえ、嘆き悲しむ弟子達に「人は生まれたからには必ず死を迎えるものだ、私とて例外ではない。悟りを得て今日まで、すべてその内容は伝えた、もう何も残っていない。これからは、その教えに従い、自らを寄る辺にして、法を寄る辺にして修行を怠ることなく続けなさい。」というものです。
自灯明・法灯明の教えであります。私は、クシナガラの涅槃像の足下で、お釈迦様をお忍びし、額を付けお参りをしたのですが、その時のことがありありと思い出されたのです。
そして、お釈迦様のこの言葉は、正しく泰道先生のお心であると感じたのです。先生はかねがね、ご自身の生き死にについて語っておられました。
そして私たちに、身を以てお示し下さったわけです。
今まで、先生から教えていただいた数々は、これからの標になります。先生に笑われないようにより一層の精進を重ねることがなければ、今までの大恩に報いることは出来ないと思います。 衷心より感謝申し上げ、しっかりと後ろ姿を見つめてまいりたいと存じます。
私たちのことを気に掛けていただき本当に有り難うございました。 なお、先生のお通夜は8月2日午後6時から、お葬儀は3日午後1時から、ともに龍源寺で行われます。
どうしても都合が付きませんので、後日改めてお参りさせていただきたいと考えています。
桐生南無の会は、昭和59年3月4日に桐生仏教会青年部の有志を中心にして産声を上げました。設立以来会費も会則もありません。毎月4日(原則)に例会を開催し、誰でも自由に参加できることを信条としています。都合の付く時だけ、ぶらりと会場へ足を運んで頂き、お茶代として500円を喜捨頂くだけで結構です。それが私達の活動を支える何よりの励みになります。
桐生の地で宗派を越えたこのような会が開催できますことは、桐生仏教会の先輩達が築き上げて下さった素晴らしい伝統があってこそです。
廃仏毀釈の嵐が吹き荒れた明治期に設立された積善会以来、その精神は今日まで連綿と受け継がれています。
桐生南無の会辻説法予定
4月4日(日) 会場・浄運寺かんのん堂 観音院住職・桐生南無の会事務局長 月門快憲師
会場が分からない方はお問い合わせ下さいますように。(問い合わせ等のぺージから)
桐生南無の会役員紹介
会 長 青蓮寺住職 本間光雄
副 会 長 浄運寺住職 野口善教・宝珠院住職 堀 秀航
事務局長 観音院住職 月門快憲
事務局員 重恩寺副住職 吉田慶哉
広報部長 光明寺住職 坪井良行
広報部員 本然寺住職 野田成宣・普門寺副住職 白石浩秋・西極寺住職 西出善則
西方寺副住職 天利保永
顧 問 桐生仏教会会長・鳳仙寺住職 坪井良広
桐生仏教会副会長・大雄院住職 橋本恵一
2月4日の例会 |
会場風景 |
南無の新年会 |
乾杯も合掌で |
はいチーズ |
桐生南無の会の活動について紹介させていただきます。桐生南無の会をよろしくお願いいたします。
このページの最終更新日 H22/02/25 例会 2月・3月、 講師予定
南無の会は、一宗・一派にこだわらずに、仏教の教えを語る現代版辻説法の会です。人が人として生きるための教えそれが仏教です。