桐生南無の会のぺージです

時宗 青蓮寺

桐生南無の会


25周年記念記念講演会講演録「心に高き帆を」  講師:長徳寺住職 酒井大岳師

24周年記念講演会講演録 「捨て聖一遍上人 ~その人と教え~」
                   講師:時宗宗学林学頭、飯能市金蓮寺住職 長島尚道師

23周年記念講演会講演録「生かされて生きる」 講師:重恩寺住職 吉田正彰師


桐生南無の会 会長として会報に掲載した

        青蓮寺住職(本間光雄)の文章

南無の会は、一宗・一派にこだわらずに、仏教の教えを語る
現代版辻説法の会です。人が人として生きるための教えそれ
が仏教です。


松原先生の遺訓    桐生南無の会会報平成22年3月号掲載文
 松原泰道先生の百三歳と記された書がしたためられたカレンダーが玄関に掲げてあります。七月に遷化される前に揮毫され用意されていたのだそうです。
 ご存命であれば数えで百三歳の新年を迎えられる、その準備を半年ほど前に終えられていた訳です。私には考えも及ばないことで、カレンダーを頂戴した時には本当に驚いてしまいました。
 表紙には『父母は我に生きてあり』
 一月『光は光で人を招く』
 二月『かえりみて己を知るべし』
 三月『知って聞くは愛なり』
 四月『心にものを隠すべからず』
 五月『ひまを利用しない人はつねにひまなし』
 六月『何事にもゆとりが大切』
 七月『事終らば速やかに去るべし』
 八月『子ども叱るな来た道じゃ』
 九月『磨いたら磨いただけ光るなり』
 十月『もう一人の私が見ている』
 十一月『いつの世も人生行路はけわしい』
 十二月『原因があって結果が生まれる』
とあります。その一言一言が心にずっしりと響いてきます。
 七月の言葉を目にした時、ご自身の終焉をお分かりであったのだろうか。その言葉どおりの遷化であったのだろうか?本当にご自身で『事』終わったとお考えになられたのだろうか?まだまだ沢山のことを残されていたのではないか?考えれば考えるほど混乱してしまいます。
 毎日カレンダーを見て、その言葉を味わい、その一言一言の重さを感じてしまいます。百年の重みとでも申しましょうか、簡単な言葉ではありますがこれが先生の説法人生の集大成でありましょう。お読みすればするほどに重みが増してまいります。
 表紙の言葉『父母はわれに生きてあり』著書の随所にこの思いが滲み出ている事に気付かされます。病弱であったこと、ご両親の死について、それらを振り返られて、先生の心の奥底から発せられた言葉だと思います。
 私もお話しをさせていただくときに『命』をテーマにいたします。限りない命のリレー、ここに阿弥陀様の現れを感じています。
 私がここに居るためには、父母の存在がなくてはなりません。その父母にもそれぞれ父母が必要です。こうして私の存在を考えたときに、延々と遡らなくてはならない命の存在に気付かされます。どれ一つおろそかに出来ない、大切な命です。ご先祖様であります。
 縁あってこの世に生を受け、色々な出会いをさせていただき、本当に有り難いと、そのまま真っ直ぐに私の心に飛び込んできた先生の言葉であります。しっかりと噛みしめたい思いです。
 
一滴の水にならん    桐生南無の会会報平成22年2月号掲載文
 新年早々、ご挨拶も申し上げずにいきなり物騒な話題をお許し下さい。  チョット怖い流れが感じられてなりません。前回書いたことと重複しますが、より身近なことであります。
 新聞にお悔やみ欄があることは皆さんご承知ですよね。そのために新聞を購読していらっしゃる方もいるようです。そのお悔やみ欄への掲載を断る事例が急に増えているようです。桐生地区で約三分の一にも上ると言います。この話を聞いてまさかと思いましたが、市の斎場の込み具合が、確かにお悔やみ欄と一致していません。
 このところお悔やみ欄に掲載されている方が少ないから、斎場は空いているだろう。ところが予想に反して、今日は10件、この時間は5件有ります。みたいな状況があるのです。
 恐らく慣れ親しんだ近隣の友達も、親戚も、ひょっとしたら兄弟にも知らされないうちに、本当に近親者のみでお葬式を済ませてしまう。あまりにも淋しいとしか言いようのないことが始まってしまっています。
 お葬式は人として最後の、きわめて厳粛な儀式です。古来より日本人はとても大切にして参りました。これは世界中の人たちにとっても、宗教・人種・国家を超えて共通だとも考えられます。葬儀と結婚式が重なった場合には、葬儀を優先させるという暗黙の了解事項もありました。
 身近な、親しい人が亡くなった。その時後に残された人々は、故人の生前を偲び、命のはかなさを感じ、自分の残された命をどう使い切るかなど、様々なことを考える場所でもあります。その最も大切な儀式が、省略されてしまうようになってきました。
 その原因には様々なことが考えられます。経済的な理由が第一に挙げられてきます。お葬式には金がかかる、というものです。その延長線にあるのでしょうか、戒名はいらない・坊さんもいらない的な声です。墓も、生きた何の証もいらない、だから散骨だ。どんどんその理由付けが拡大しています。
 この考え方が進む中で、宗教離れという言葉がどんどん一人歩きをしているように思えてなりません。高橋卓志さんの著書『寺よ、変われ』が端的にそのことを言い表しているように思えてなりません。今仏教は明らかに崖っぷちに立たされていることを感じます。
 これ以上に危機を感じることは、家族の崩壊です。人間関係がきわめて希薄になってしまったきているように感じることです。上手にコミニュケーションをはかれない、その結果インターネットの世界にこもる人が増えてしまい、実に殺伐とした社会になりつつあります。
 こんな状態であるからこそ、南無の会は一滴の水となり、乾いた大地を潤す会でなくてはと考える次第です。
 
堰は切れた     桐生南無の会会報平成21年12月号掲載文(2話あります) 
 つい先日のことです。越ヶ谷の檀家さんが亡くなり、葬儀に出向いたときのことです。
 葬祭場は東日本の大手業者でした。たまたま時間にゆとりがあったので、責任者や従業員の方とお話をすることができました。その中で、愕然とする事実を知り、背筋が寒くなってしまったのです。
 『最近、直葬が多くなっていると聞きましたが、ここらではどの位有りますか?』とお聞きしたのです。その答えは、あまりにもすさまじいものだったのです。
 『直葬が半分を超えています。』にわかには信じがたい現実です。首都圏では三十%が直葬である、私はそんな情報を得ていました。ですから、せいぜい二十%ぐらいかな、という思いがあったのですが、みなさんはどう感じますか。
 直葬になる理由はさまざまでした。一番多いのが経済的な理由のようです。政府が『日本経済はデフレに入っている』と正式に発表しましたが、リストラ等で収入が著しく下がっている事実があります。でも理由はそれだけではないようです。地域での人の関わりが極めて希薄になってしまったこと、親子関係が崩れてしまっていること。それにも増して、菩提寺から離れていくことが加速しているようです。
 菩提寺があるなら、まずそちらに連絡をして、住職の都合を聞いた方がよいですよ。こんな投げかけを業者はしているそうです。それでも、あえて連絡もせずに葬儀を済ませてしまうのだそうです。
 どこの誰だかも分からない僧侶、求められれば紹介をしているとのことですが、その場限りの儀式で終わりにしてしまうのはまだよい方なのだそうです。
 地方の菩提寺に連絡もせずに葬儀を済ませてしまう、その延長線上には、先祖の墓の放棄や、散骨があるようです。散骨業者が『最近の散骨事情は、骨捨て状態になっている。』と言いだしてからあまり時間は経っていないのですが、拡大の一途をたどっているのが現実のようです。
 早晩、この流れは地方にも拡大してくる事です。その勢いは増し、もう止めようがないところまで来てしまったと言えるのです。
 桐生とて例外ではありません。間もなく直葬が誰はばかることなく行われるようになるでしょう。
 改めて、寺が、僧侶が誰のために必要なのか?真剣に考え、実践しなくてはなりません。もはや一刻の猶予もなくなっています。
 桐生南無の会でもお世話になっています長野県松本市、神宮寺ご住職高橋卓志師の著書『寺よ、変われ』(岩波新書)が、現実のものとなりました。
 
 法話HP      
 十二月の南無の会、講師予定の月門さんが都合が悪くなり、急きょ何人かの都合をお聞きしたのですが、講師未定になってしまいました。
 考えた末に『みんなが講師』でやることにしました。だいぶ前にも一度やったことがありますから、皆さん記憶されているかもしれません。結構面白かったと記憶しています。
 当日、参加された皆さんそれぞれの思いを語っていただこうと思いますので、よろしくお願いいたします。
 急にページが空いてしまったので、ページ塞ぎをすることにします。
 私が十月に、法話専用のホームページを立ち上げたことは、皆さんご承知のことと思います。現在三話が出来上がっていて、いつでもご覧頂けるようになっています。
 三話めは、平成十六年二月に浄運寺さんの話順婦人会でお話をさせていただいたものです。次はどれにしようか、あれこれ考えながら準備を進めています。
 準備をするということは、過去の話を聞き直すことから始まります。改めて聞き直してみると、言い間違いがあったり、勘違いで話してしまっていたりと、結構おかしなところに気付くものなんですね。ついつい調子に乗りすぎて、かなり際どいことを喋ってしまっていたりもしています。
 そして、編集をする話が煮詰まってくると、どんな画像を使うかを考えだします。話に相応しい画像や映像を考えようとするのですが、これがなかなか見つかりません。最初のインド仏跡参拝に関しては、全くその心配はなかったのですが、他ではそうもいきません。これが結構辛いですね。
 その結果、境内の風景や、草花などの映像でお茶を濁すことになってしまいます。ご覧頂いたとき、違和感を持たれる映像になっていることがあるかもしれませんが、苦しんだ結果とご理解いただければ幸いです。
 映像はあるにはあるけれども、版権の生じるものもあります。これは厳しい現実だと思います。宗に関わるもので有れば何とか借り出すことが出来るように了解を取り付けて、その準備をしたりとなってまいります。そのほかではチョット無理なものが沢山あり、これは何かでお茶を濁すことになりそうです。
 まだまだ運用を始めたばかりですから、これからどう展開できるかも未知数のところがあります。ただ、このホームページをきっかけにして、仏教に親しみを感じてもらえたら有り難いことだと考えています。
 あまりにもテレビ番組が低俗下し、くだらない話がばっこしている今、仏教とは、生きることとはを考えるきっかけになれることを目指して作っていきたいと考える今日この頃です。
 
泰道先生を偲ぶ      桐生南無の会会報平成21年11月号掲載文
 10月25日、法事を終え、東武の特急へ一人で乗り込み・・・・・
 泰道先生と奥様、二人の百日忌を兼ねての偲ぶ会へと向かいました。
 会場へ着くと、真っ先に目に入ったのは南無の会(水書坊)の皆さんが、そして、そこには記帳の長蛇の列が出来ていました。そして受付を済ませ、会場内に。入り口には家族の皆さんが立って迎えてくださっていました。
 とてつもなく広いホールの真ん中には、在りし日のご夫婦の写真が飾られていて、手をあわせていると、涙があふれそうになってしまいました。「先生、葬儀の際には失礼をして申し訳ありませんでした。本当にお世話になりました。」ただただお詫びしてお許しを請うばかりです。
 席に案内をされて、なんとお隣は霊元さんではないですか。久しぶりに元気なお顔を拝見です。霊元さんは交通事故で死に損ない、私は食道の異変で緊急手術、これも死に損なった身であります。お互い死に損なった同士で会話が弾みます。
 会場には600人の縁ある方々が駆けつけたのだといいます。桐生南無の会の記念講演会でお世話になった方々のお顔もありました。石上善応先生、市川智康師、高橋卓志師、中島教之師、桐生南無の会の25年を紡いでくださった方々、その中心には紛れもなく泰道先生がいらっしゃったのです。
 会場の壁には、先生の奥様が描かれた絵が展示してありました。哲明さんの挨拶で『母の個展です』と、先生の著書の中で拝見したことのある優しい絵が沢山あり、これまた感慨深いものがこみ上げてまいります。こんな夫婦でありたい、そう思わずにはいられないエピソードも披露され、奥様の絵のすばらしさが倍加しました。
 お孫さんの話で『私のその日(死んだとき)は、地獄での説法の始まり』と先生は語られたといいます。いかにも先生らしい、ユーモアと優しさに満ちたエピソードに、先生を失った口惜しさが募ってまいります。
 私には、自分の心にぽっかりと空いてしまった空間を埋めようと、長年温めていた構想を実行に移しました。そうでもしなければ、この空しさは埋めようもありません。
 突然、唐突、狂った様に新たなホームページを立ち上げました。それは法話のためのものです。写真や動画を見ながら聞くという、全く新しいスタイルのものです。先生がご覧になったらなんと仰られるか?呆れ返られてしまうかもしれませんが、賽を投げてしまいました。
 先生の下で育てて頂いたご恩、『俺はそんなこと言ってないよ』と言われてしまうかもしれませんが、私なりの南無の会魂の現れとして、見守っていただけますように。ナーム   合掌
 
自問自答          桐生南無の会会報平成21年10月号掲載文
 先月にも書きましたが、松原泰道先生の晩年の著書を改めて読み直しています。夜眠りにつく前の一時、桐生南無の会でのこと、私自身の歩んできた道などを振り返りながらページをめくっています。
 読み返すほどに、改めて先生の凄さを感じています。また、これほどまでに先生の影響を受けているのかと、感じることがしばしばなのです。南無の会が桐生で始まって25年、その間に知らず知らずに先生の教えが身に染みついていたようです。
 しかし、読み進めば読み進むほどに、何でもっと真剣に読んでこなかったのだろうかと、そんな後悔の念が強くなってきています。もっと解らなくてはならないことが、やらねばならないことが沢山あることに気付きます。先生がお元気であったうちに、しなくてはならないことが沢山あったように感じてならないのです。
 『生涯現役』『独楽の舞倒れ』『一生勉強』沢山のキーワードが湧き出てきます。どこまで真剣にこれらのキーワードと向かい合っていたのか?ページをめくる度に反省しながらの一時です。
 先生の御著書は130冊を超えていると言います。だとすると1年に3冊以上のペースで書き続けられたことになります。全国を飛び歩かれる中で、どうやって書かれたのだろうかと、驚きとともにそのご苦労が偲ばれるのです。
 私は、ついつい「時間がない、忙しい」と口にしてしまいがちです。確かにいろいろな仕事を抱えています。3月の手術以降、めっきり疲れやすくなってもいます。でもそれだけなんだろうか?もっと時間を上手く使うことが出来ないのだろうかと、考えてしまうのです。読み返すことが、自分を改めて見直すことにもなりました。
 今までどれだけ先生のご恩をいただいてきたのか、面倒をお掛けしたのか、その重さがずしりと感じられます。そして先生に改めて感謝を申し上げ、さらなる前進をしたい自分があります。少しでもご恩に報うことが、せめてもの恩返しになるのだと考えるのです。
 先生の葬儀に参列できなかった自分を責め、気落ちすることもしばしばでしたが、10月25日(日)午後5時から先生と奥様の偲ぶ会が催されるとの案内をいただきました。私も、なんとしても偲ぶ会の末席を汚したいと思います。お詫びを申し上げなくてはなりません。申し込みの締め切りは10月15日です。(詳細はお尋ね下さい)
 会報をお読みいただいてからでも間に合います。チョット無理をすれば日帰りも出来ますので、ご希望の方は申し出てください。ご一緒しましょう。
 電車に揺られながら、思い出話を語る相手が欲しいのです。
 
心の足音          桐生南無の会会報平成21年9月号掲載文
 今私の枕元には、松原泰道先生の著書が二冊置いてあります。先生の晩年の著書で、恵送いただいたものです。 今、読み返しをしている所で、改めて先生の凄さ・大きさを感じています。遷化されて早一月、お葬式に参じることが出来なかった自分のふがいなさに、悲しみは増すばかりであります。なんとしても行きたかった。悔しくてなりません。
 その本の表紙をめくると、そこに先生のことばが書かれています。今そのことばをかみしめる毎日でもあります。
そこには「言葉は心の足音である」としたためてあります。
 3年前、この本を頂いた時には正直言ってあまり重く感じませんでしたが、とてつもなく重い言葉であることに気づかされたのは先生が遷化されてからのことです。「南無の会でいっぱしの話をしているつもりのお前さん、そんなもんじゃないだろうよ。人間一生勉強だよ。一所懸命に勉強して、心を磨きなさいよ。」そう言われているように思えてなりません。
 九十八歳の先生が、ひよこみたいな私に優しく諭してくださっている。今まで気づかなかった私はまだまだであります。七十年間の説法人生、そこからにじみ出てきた言葉だったのです。教えるのではなく学ばせていただく。そんな先生のお人柄そのものであります。「お前勉強しているか?」先生の口癖、それはご自身への問いかけでもあったのだと思います。ご自身の生き様を示し教えて下さったのです。
 いつも穏やかに接してくださったこと、かけていただいた言葉の数々が今鮮明によみがえってきます。そして、泰道先生に巡り会うことが出来た、直に接することが出来た自分が、どんなに幸せ者であるか。今改めて感じています。
 生意気にも、学林や教学講習会で講
師をさせていただき、そこで修行僧に「衣を身につけて何をしようとするのか、すぐに答えは出ないと思うが自分に問いかけ続けて欲しい」そう語るのは、まさしく自分への問いかけであります。こんなことを口に出せるようになったのも、先生のお陰かもしれません。むしろ、先生の言葉をそのまま発しているのもしれませんね。
 これからどこまで進めるかわかりませんが、先生のお心に少しでも報いたい。そして「お前の足音いい音になってきた」ねと言ってもらえるような、そんな人生を歩むことが出来たらどんなにすばらしいことだろうか。
 今後とも先生には見守っていただきたい気持ちです。先生に恥じることのない道を少しでも残したいと念じます。
 桐生南無の会、発足以来二十五年を経過し、今日まだあることは、まさしく先生あってのこと。そのお陰の大きさをますます感じている私です。
 
猛暑?冷夏?         桐生南無の会会報平成21年8月号掲載文 
 今年の梅雨明けは、関東に限ってやけに早いものでした。37度の猛暑にいきなり襲われて、悲鳴をあげてしまいましたが、一変梅雨に逆戻り。半袖では寒い位の日まである始末。異常気象としか言いようがない感じがしてまいります。
 こんなお天気で、蓮も熱帯睡蓮もなかなか元気になりません。蓮は花を咲かせてはいるものの、蕾があまり伸びずに、葉の下で咲いてしまったりもしています。
 そんな中で唯一元気なのが『唐招提寺青蓮』奈良の唐招提寺に伝わる古い品種です。寺の名前が青蓮寺、そこにこだわり『青蓮』の名を持つ蓮を購入しました。園芸品種ではなく、花上がりはよくない。栽培も難しく、お勧めではありませんとの断り書き付きのものです。それなのに真っ先に花を咲かせ、一番元気な様子を見せてくれています。二つ目の蕾も順調に育っていて、栽培が難しいという言葉が信じられない状態なのです。
 とは言うものの、大方の品種の元気がありませんから、今年は逆になってしまっているのかもしれませんね。
 熱帯睡蓮は、三種類とも越冬に成功したのですが、やはり元気にならないという、蓮共々おかしな夏を迎えています。
 このような状況下で、やたらと元気な雑草があります。ドクダミと猫じゃらし、この二つはとんでもなくはびこって掃除泣かせになってしまいました。
 長期予報では、今年は暑い夏、最近になってエルニーニョ現象が現れだしているということが取りざたされる事態に。そうなると夏は短くなりそうだし。一体どちらに転ぶのやら、どちらにせよ極端は困ります。
 とは言ってみたものの、どうすることも出来ません。人間の無力さを感じるばかりです。追い打ちを掛けるよう
に、北九州から山口にかけての水害。その惨状は目を覆うばかりです。
 良寛様の話であったかと思いますが、災害に遭わない方法を尋ねられたとき、「災害に遭うときにはあえばよい、それが災害から逃れる最善の方法である」とお応えになられています。
 あるがままに受け入れることが出来たら、どんなにか楽に生きられることでしょう。なかなか私たち凡人には出来そうにはありません。どうすることも出来ないのに、あれこれ迷ってみたり、困ってみたりしてしまいます。
 そんなこと心配しているよりもなによりも、先日の日食が見られなくて残念がっている皆さん、二十六年後には北関東(正に居ながらにして)で皆既日食があるそうです。頑張ってみんなで見たいものですね。三年後ぐらいには金環食も見られるそうですよ。
 皆既日食、その時私は八十五歳になっています。それまで生きてるぞ。
 
年々同じじゃない         桐生南無の会会報平成21年7月号掲載文 
 25周年記念講演会の興奮も過ぎ、アット言う間に次の原稿を書かなくてはならない。毎年同じようだと思いつつも、やはり何かが違う。
 手術から四ヶ月が経過しようとしているが、まだ後追いは続いています。どうしても後手後手になってしまうのです。気ばかりが焦って・・・・
 今年の梅雨は雨がよく降ると思いませんか。梅雨らしい梅雨とでも申しましょうか、それとも異常気象でしょうか。
 今年のお天気で感じる異変を一つ紹介いたします。蓮についてです。
 今年新しい品種が増えました。唐招提寺青蓮という、唐招提寺に伝わる小型の品種です。小型のくせに鉢は大きくなくてはならない、花付きが悪い、扱いにくい弱い品種である。花は七月の末ぐらいにならないと咲かない。どちらかと言えばマイナスの多い品種なのですが、寺の名前が青蓮寺ですから、どうしても『青蓮』と名が付く蓮が欲しくなります。
 鉢に植え込み、永代供養のお墓の脇に据えたのですが、なんと6月1日に蕾が出ていることに気付きました。まだ立ち葉が3枚、とても蕾を持つ状況ではないのに。早すぎるから心配していたのですが、蕾は順調に生長し間もなく咲くところまできています。
 去年蓮の蕾に気付いたのは別の品種ですが6月24日。その品種も蕾が既に出ています。やはり早い。どうやら聞いた範囲では同じような傾向が。
 ところが熱帯睡蓮は生長が極めて悪いのです。3種類とも何とか越冬に成功したようなのですが、なかなか勢いが出てきません。同じ熱帯系の植物なのに、こうも違うのは不気味に思えてしまいます。
 こんな様子を見ていると、今年は冷夏になるのかと、不安がよぎります。長期予報では平年並みか暑くなるようなのですが。結果はどうなりますか。
 そう言えば、今月22日は奄美諸島で皆既日食があります。ここらでは全体の70%位欠けた様子が見られそうです。当日の晴天率は37%。こんな事もインターネットですぐに調べられます。
 便利といえば確かに便利です。しかし私たちはあまりにも情報に頼りすぎていないでしょうか。中にはインターネット依存症と称される人までいるようです。
 自分に必要でない情報間にまで心を奪われてしまう。一種の恐怖観念に陥ってしまうことがあるようです。
 でも、本当は、私たちに備わっている五感を研ぎ澄ますことの方が大切に思うのです。自分の全身全霊でもって森羅万象を感じること、この方が生きて行くためには必要だと思えないと、まずいのではないでしょうか。
 私たちは生かされているのですから。
 
25周年に寄せて         桐生南無の会会報平成21年6月号掲載文
 私事ですが、突然の発病で手術・入院をしたことを前回書かせていただきました。それからまた一月が過ぎようとしています。
 その間、お読みいただいた皆さんから、暖かい励ましや、ご心配をいただき恐縮しています。
 手術の跡は、日を追って良くなってきています、にもかかわらずなんです。 あれもしなくては、これもしなくては、やらなくてはならないことが山積しています。ところが気持ちが焦るばかりで、一向にはかどりません。いまだにテンションが上がって来ないし、頭も回りません。
 こうやって原稿を書いていても、パソコンと睨めっこはしているものの、一向に画面は埋まってきません。おまけに、もがけばもがくほど準備しなくてはならないのに手付かずの事柄が出てきてしまいます。情けないったらありゃしない、という心境です。
 こんな調子でいると、だいぶ皆さんに迷惑を掛けてしまうのではないかと心配です。
 そんな中であっても時間は実に冷酷です、確実に周年記念講演会の日時は迫ってきます。遅れを取り戻そうと気ばかりが焦っています。こんな状態ですので、皆様には是非とも寛大な気持ちでお許し下さいますようにあらかじめお願い申し上げます。
 さて、今回講師としてお招きする事が叶った酒井大岳先生は、南無の会会友としてご活躍されている、私たちの目標としなくてはならない先輩でいらっしゃいます。
 また、ナマステ・ネパール会代表として、ネパールに学校を造る運動に長く携わっておられます。金子みすゞさんの詩を仏教の観点から読み解かれることでもよく知られています。
 その活動範囲は広く、とてもエネルギッシュな先生なのですが、文章の端はしに宝石のようにちりばめられている優しさは、とても魅力的で、慈愛にあふれています。
 ネパールに学校を造ることも、その優しさがあってのことなのだと感じています。
 どうしてこんなに優しいのだろう、なぜこんなに優しくできるのだろう。先生を知れば知るほどその魅力にとりつかれてゆく自分がそこにあるのです。
 先生は大変な苦学を経験されています。そのご苦労たるや、すさまじいとしか言いようのないものです。そのご苦労が先生の優しさの源だと気付かされました。
 今回の演題『心に高き帆を』は、先生のご著書『金子みすゞの詩と仏教』の第七章のタイトルです。金子みすゞさんの詩を、仏教の見地から読み解かれる先生ならではのお話を聞くことが出来ると思います。
 人の知的欲求は死ぬまで衰えないと
言われる、最も強い欲求の一つですが、お話を通して知的欲求だけではなく自分の生き方を再度考えさせていただけるものと確信しています。

 皆様にお願い
 当日会場にて、先生のナマステ・ネパール会活動支援の一環として、カンパをお願いさせていただきたいと考えています。
 先生のご講演をお聞きいただき、感動したら、良かった・得したと感じましたら、そのお気持ちをカンパしていただきたいと思います。

 講演会場で、皆様に紹介させていただく、予定著書です。

『金子みすゞの詩と仏教』 大法輪閣
 金子みすゞが遺した詩の中から三十二編について、その世界から感じさせられる仏様の教えについて著しています。
 とても分かりやすくて素晴らしい本です。今まで金子みすゞに興味がなかった方でも、この本を読んだらもう虜になってしまうと思います。
           税別千六百円

『あったかい仏教』    大法輪閣
~道元禅師の修証義にきく~
 曹洞宗の祖、道元禅師の言葉を集めた『修証義』そこに説かれている道元禅師の教えを分かりやすく説いています。
曹洞宗のお檀家さんには是非とも読んでいただきたい一冊です。曹洞宗でなくても読んで見てください。仏教の精神が伝わってきます。 税別千八百円

『野に語る・般若心経』   光雲社
 先生の人生を通して般若心経を語っておられますので、実に分かりやすいです。難解な部分もすんなりと読めて「ああそうだったんだ」と納得がゆきます。この本の帯がまた凄いんです。大宇宙。大自然。小さな「わたし」。すべてがつながり合う般若心経の世界と言うものです。 税込千六百八十円

『生き抜く力 禅のことば』 清流出版
 禅僧としての先生の面目躍如、ご自身の体験を中心にまとめられていて、読んでいて本当に納得してしまいます。曹洞宗に限らず、あらゆる宗派の方にお読みいただきたい一冊と思います。 税別 千五百円

 先生のご著書には、至る所にネパールのことやインドのことなどが出てきます。ですから読んでいるだけでネパールやインドに対する先生の思いの深さが分かってきます。
 桐生南無の会の事務局長、観音院の住職月門師もネパールへの援助をされています。浄運寺の先代住職野口善雄師のスリランカへの援助は皆さんよくご存知のことでしょう。(現住職も)
 私たちにも出来ることはあります。

生き返りました         桐生南無の会会報平成21年5月号掲載文
 先月、4月の会報では、皆さんを驚かせてしまい申し訳ありませんでした。
 私にとっても、思っても見ないハプニングであったというのが正直なところです。
 異変は3月12日未明に始まりました。胃がちょっと痛くなったのです。胃炎持ちの私には良くあることで、様子を見ていたのですが「これは収まりそうにもない」と言うことで胃の粘膜保護剤を飲みました。普通はこれで収まるはずです。
 ところが痛みが増すばかりで、今度はガスターを飲んだのです。これで収まるだろう・・・・ところがなかなか痛みが治まりません。朝食を食べ、10時を待って近くの量販店に熊手を買いに。そうしている内にも、痛みは増すばかりでした。ついに痛みのあまり震えが来る事態になり、「これはただ事ではない」今まで経験したことがない痛みに襲われたのです。
 これにはたまらず、近くのかかりつけの主治医の所へ飛んで行き、診察をお願いしました。早速血液検査・エコーでの検査となりました。最初は石を疑ったわけですが、エコーには陰が写りません。
 あれこれ診察する内に、ついに先生が焦り出しました。血液検査の結果、腹膜炎の兆候があるというのです。
 今紹介状を書いている、先にはもう連絡を取ってあるからすぐに厚生病院へ行きなさい。あちらでは既に待機して待っている、と言うのです。
 紹介状をもらい、慌てて息子の車で厚生病院へ行きました。主治医の先生の言われたとおり、紹介状を窓口に出すやいなや救急の診察室へとつれて行かれ、そこからさらに検査が始まりました。
 心臓の疑い?ニトロを飲まされました。「どうですか?」「いや、先生これは心臓ではないと思います」そんなやりとりも。そして今度は内視鏡検査が、「どこも悪くないねえ、きれいだねえ、ん、ここが?いやこれは違うでしょう・・・・」お医者さんと検査技師のそんなやりとりが聞こえてきます。私にとっては「そんな流暢なこと言っていないで早く何とかして」という状態です。結局内視鏡検査では分からず。
 いよいよ最後の手段?CTでの検査
になりました。検査が終わって先生が「どうも食道の所に白い陰が写っています、きっとこれは何か堅いもの、たとえば魚の骨とか。そして、その回りにモワモワとした黒いものが、こういう写り方をするのは液体なんです。たぶん膿だと思います。このままではしょうがないので手術をしますが良いですか?」
 そう言われたって、こちらはどうすることもできません「先生にお委せします」そして、午後6時には手術が開始されてしまいました。これは正しく緊急手術でしす。
 主治医の先生が「今日は木曜日だ、明日になると病院は手術をしないから急いだ方がよい」結果としてこの判断が最高の結果をもたらしたのです。
 しかし突然の手術による入院、早くても三週間はかかります。正直これには焦りました。何たってお彼岸は目前です、お祭りがすぐ後に控えています。沢山の用事をこなさなくてはならない、 麻酔が覚めて、痛みにうめきながらも「どうしようか・・・」気がもめていました。結局、沢山の仕事をキャンセルしなくてはならず、実に多くの関係者の皆さんにご迷惑をお掛けすることになってしまいました。
 手術の結果、食道壁の中が化膿していたのだそうです。「食べた物、何か堅い魚の骨とかが食道を傷つけた。その犯人は取れてしまい傷が残った、その傷跡に今度は種みたいなものがはまりこんでしまった。その後、食道はその傷を治してしまった。こうして異物が食道壁の中に残ってしまい、結果膿んでしまったんだろう。」これが執刀医の所見でした。「何か心当たりでもありますか?」そうは言われたって、思い当たることなどありません。「先日インドへ行きまして、あちらで鶏肉は食べましたが・・・」こんな事は、極めて希なことなんだそうです。
 結局入院期間は一ヶ月にも及ぶものになってしまいました。が、その間いろいろなことを考え、また知ることができました。
 一昔前であったら、確実に「皆さんさようなら、お世話になりました。」と言う事態だったのに、今こうして仕事をすることが出来ます。命拾いをしたのですから、これからは余録みたいなものかもしれませんね。
 大いに大切に時間を使っていきたいな、と思うものの、まだまだ気力がありません。傷跡も寒いときには特に痛みます。歩いていても、空を見上げるのが苦しくて、下ばかり見ている自分に気付かされます。
 ちょっとしたことでも、すぐに疲れてしまい、やりたいことの半分も出来ずに・・・・。ついついゴロゴロとしながらテレビを見ている自分があります。
 アッ!あれをしなくては、等と考えつつも、全く進まないで気ばかりが焦っています。そんな私なので、申し訳ありませんがお許しを戴きたいと思います。
 このことが仏教会では、ガンジス川でおぼれ損ない砂を飲み込んだ。みたいな話になっていたりで、笑い話にもなりませんが、これは誰にでも可能性があることなんです。
 注意する、節制するということで防げることではないと感じています。極めて低い確率かもしれませんが、皆さんには是非ご自身のこととして受け止めていただければと感じます。
 いつ何時、どんな病に襲われるか?明日は我が身、ご注意下さい。

変革元年         桐生南無の会会報平成21年2月号掲載文   
 世界同時不況の嵐の中で新年を迎えました。アメリカでは変革を訴えたオバマ大統領が誕生しています。
 戦後60年以上が経過し、今まで築かれてきた社会の仕組みは、残念ながら既に限界に達しているのではないかと感じています。恐らく、世界全体が大きく変わることなく、この事態を超えることはないだろうと思うのです。
 私たち団塊の世代は、まもなく年金生活者になろうとしているわけですが、今までのような保証が受けられるのかどうかさえ疑わしい限りです。昨年暮れに送られてきた年金受給予定額を見て、愕然としたのは私一人ではないと思えるのです。
 間違いなくあらゆる社会の仕組みが大きく変わらねばならないことを、あの通知は雄弁に物語っているとも感じました。
 パレスチナを始めとして、今なお世界各地で繰り広げられている紛争。その背景には、私たちには信じがたいほど根の深い宗教や人種・民族の対立、貧困や差別がどす黒く渦巻いています。そして、血で血を洗う争いで金儲けをたくらむ国だってあるわけです。
 先日『ダイヤモンド』と言う週刊誌が仏教に関する特集を組みました。見出しを見て内容についてはおおよそ見当は付きましたが、それ以上にヒドイと言わざるを得ないような事例まで紹介されていました。
 こんな事をやっていては、人々が仏教・寺から離れてゆくことに何ら疑問の余地さえないとさえ思えてきてしまいます。昨年11月に『寺が消える』と題した文章を書かせていただきましたが、事態は私が考えている以上に深刻なようです。
 まさしく仏教・寺は、この世界で苦しんでいる人々にとっての存在でなくてはならないと、思いを新たにいたしました。私の漠然とした予感ですが、
日本のどこかで、寺が倒産したとか差し押さえになったと言う事態が起きるのではないかと考えています。従来からの寺のあり方は、あと数年しか保たないのではないでしょうか。
 今、私たちは大きく変わらなくてはならないのです。ただ手をこまねいているだけでは、何の解決にもなりません。気が付いたら、お葬式の場面から僧侶の姿が消えている、そんなことにもなりかねないと思えてならないのです。
 北関東の中核都市では、僧侶の姿のない葬儀が既にあるそうです。これは、早晩あらゆる地域に波及するであろう前兆現象で、もう止められないことだと思えます。私は、まもなくインドの仏跡参拝に旅立ちます。インドの地で、お釈迦様の声を、耳を澄ませて真剣にお聞きしたいと念願しています。 ひょっとしたらお釈迦様にも見放されてしまっているかもしれません。

 年頭の言葉      源田 晃澄
 新年にあたり、まずもって皆様のご多幸とご健勝をお祈りいたします。
 昨年より世界情勢は大きく変化し、先行きの不透明な時代になってまいりました。しかし日本は、他国に比べて、まだまだ豊かな生活であると思います。でも、安心しては居られません。
 日本の昭和20年代、敗戦後の食糧難。衣類・電気等が不足の時、我々の先輩は素晴らしい智恵を持って生きてきたことを思い出しました。今こそその歴史に学び、人間関係を豊にして、隣人を大切にし、助け合いの精神で共存共栄を計っていく必要があります。
 そうすれば、どんな不況が起ころうと、乗り越えることが出きるでしょう。
 これこそが仏教で言う仏様の慈悲の世界であり、南無の会の目指すところではないでしょうか。智恵をはたらかせる一年にして、皆様に幸せになって欲しいと思います。

 年頭の言葉      田口 義昭
 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 私は、昨年の10月に生まれて初めて入院いたしました。鼻の奥に腫瘍ができて、これを手術で取り除くためでした。幸いなことに、腫瘍は検査の結果良性と分かり、ホッとして有り難い気持ちでいっぱいになりました。
 病院には実に沢山の人が入院していました。癌の治療のため喉に36回も放射線を照射しなければならない人、一晩中痛さのためうなっている人など、沢山の苦しんでいる人を見ていると、お医者さんと看護士さんのありがたさを改めて実感する事もできました。
 鼻の奥にできた腫瘍のお陰で、四苦の中の『病』を知る事になりましたが、次は『死』なのかな?
 今年は、経済不況の中で堪え忍び、仏様と皆様にささえられて頑張りたいと思います。

永代供養墓建設    桐生南無の会会報平成20年12月号掲載文
 インドの地で制作、こだわりの序章が終わりました。3年前のインド参拝旅行以来、すっかりインドにはまった私が考えた永代供養のあり方が、形になろうとしています。
 お釈迦様が最初にお説法をされた聖地『サールナート』鹿野苑の方がなじみ深いかも知れません。そこで発掘されたインドの国宝中の国宝、四頭の獅子が彫られたアショカピラー。これをモニュメントにしよう・・・。
 そのアショカピラーは既に桐生の地に到着しています。その到着に呼応するかのように、設置に向けての工事が始まっています。基礎部分を作るために大きく地面を掘り下げています。2㍍も掘り下げたでしょうか、とてつもなく大きな穴が掘られています。
 おまりにもお金がかかるので、とりあえず第一期工事としてのスタートとなりました。今年中には設置が終わる予定です。夢が現実に向かいだしています。坂村臣民さんの言葉『念ずれば花開く』を正に地で行く思いがしてきます。
 掘り下げてゆく中で、大きな石が3つ出てきました。きっと山から崩れ落ちてきた物なのでしょう。この地中でどの位の期間眠っていたのか、この工事のために永い眠りから起こされてしまいました。私にとってもこれは驚きです。まさかこんな石が地中に眠っていようとは考えてもいませんでしたから。
 まだ洗っていないので石の様子は分かりません、たぶん斜面に見られるのと同じ石だと思います。「この石どうします?庭石にならないかな・・・」
頭(かしら)だって困ってしまいますよね。その石を見つめながら『折角ここから出てきた石だから、この場所に置こう』と決めました。しばらくの間、脇に置いておくことになります。この石をどのように使おうか?新しい楽しみがわき出してきます。
 基本形はすべて私がデザインしていますから、デザイン変更は全く問題なし、私が自分で納得しさえすればそれで済むことです。私の感性が試されるかも知れませんね。実現可能でなさそうな物でも、あれこれ方眼紙に書くことが好きな私にとって、たまらなく楽しい時間が持てることに感謝です。
 私の、この思いをどう表現したら上手く伝えられるのか?お話をするのと同じ課程がここにはあります。自分の思いだけが先行したのでは、人は付いてきて下さらない、空回りとなってしまうのです。それを空回りにさせないようにじっくりと考えて。
 こんな事を考えながら、インドの仏跡参拝旅行に心が高まってしまっている私です。『またお釈迦様にお会いできる』喜びと、『お釈迦様に叱られないように』と自分を戒める心がしのぎを削っています。

寺が消える   桐生南無の会会報平成20年11月号掲載文  (今月は2文章あります)
 私は十年ほど前から、仏教寺院が淘汰される危機感を持ち、ことあるごとに警鐘を鳴らしてきました。今、この杞憂が現実味を帯びてきています。というより、むしろ『その事態に突入した』といった方が適切かも知れません。 地方はすさまじい勢いで過疎化・高齢化が進んでいます。関東の中にある桐生でもこの傾向は顕著です。山陰や北陸、東北の寒村では『限界集落』という現象が起きています。東京のど真ん中にも限界集落が存在しているとさえ言われるようになりました。
 私たちの身近にある隣組も、高齢化により機能しなくなってきています。これは誰もが感じていることでありましょう。本当に恐ろしい勢いで高齢化が進んでいることが、朝夕のイヌの散歩をしていてもひしひしと感じられるのです。
 散歩をしていると、一体どれほどのデイサービスの車があるのか、そう思わざるを得ないほど沢山の車がお年寄りを迎えに、送りに走り回っています。この現象がもっと極端に過疎地には現れています。既に「お葬式が一件あると、檀家が一軒減る」ということが言われる地域も見られるのです。
 各宗派もこの事態にやっと気付き、その深刻さにどう対応して良いか右往左往している事態になってきました。今さら遅いと言わざるを得ません。
 自らホームページを作り、その中で悩み事相談も受けるようになって、ますます寺がどうあるべきか考えてしまいます。寺の、僧侶の役割は何だろう。考えても明確な答えはでてきません。 仏教寺院として生き残るための明確な答えはいまだに発見できませんが、今までの考え方ではダメだと言うことだけは良く分かります。たぶん、こうすれば生き残れるという答えはないのだとさえ感じてしまうほど事態が深刻だと言うことだけは確かなことのようです。
 恐らく、生き残れた寺のあり方が正解なのでしょう、そうとしか思えないのです。そんな中で、自分にできることを自分なりに実践してゆく、それしか道はないようです。
 アメリカのサブプライムローンが破綻し、世界大恐慌以来の世界同時不況が取りざたされる今、寺を取り巻く環境は、私たちの想像を超える早さで変化してしまわないか、不安が募ってきます。
 生滅を繰り広げているコンビニよりも寺院の数の方がはるかに多い、この事実をどう受け止めるべきなのでしょうか?たぶん仲良しクラブをやっていたらダメなのでしょうね。
 お互い切磋琢磨しあう、その中に生き残りをかける個々の寺がある。これで初めて仏教が活性化するのではないでしょうか。南無の会はその先兵かも知れません。
 
心はインドへ   桐生南無の会会報平成20年11月号掲載文  (今月は2文章あります)
 先日、インドで制作中であったアショカピラーが出来上がり、今ごろはシンガポール辺りだと連絡が入りました。
 前回の参拝旅行、サールナートの博物館で見たアショカピラーに感動し、永代供養のモニュメントにしようと漠然と思ったのは二年前でした。そこから具体的なイメージ作りを始め、いよいよアショカピラーをインドで作ろうとしたら、以外とインドにはパイプがない、どこか制作依頼できるところはないか?半年も探して見つけました。
 中国で作るなら簡単なことかも知れないと思いましたが、やはりどうしてもインドで作りたい。徹底的に拘って悪戦苦闘。でもこの一念、貫き通すことが出来、喜びも大きいものとなりました。後は到着を待つばかりなのです。
 こんな事をしていたら、インドへの思いがどんどん大きくなってしまい、同時進行で仏跡参拝旅行を計画してしまうことになり、ますます心はインドへと。計画を発表し参加者を募りだしたのが一年前。最初は思うように参加者が集まらず、焦りの気持ちも生じていたり。八月の時点では、まだ十二・三人がやっと。冷や冷やものであったのが、九月十月と参加者が現れ、気が付いたら募集予定人数の最大値を超える恐れまで生じる事態。うれしい誤算に悲鳴をあげ、旅行説明会の日取りも決まりと、今では完全にインドモードに入ってしまっています。
 そんな中で、インドのことを再度勉強し直してみると、これがまた面白いことだらけ。平成十七年二月の参拝旅行の記憶をたどりつつ、再確認をする中で考え違いをしていることに気付いたり、新たな発見があったり。
 最大の発見(気付き)は、インドから見た仏教の位置付けであります。私たちは今まで、仏教の立場からインドの歴史を見ていたと言うことです。これは当然といえばそれまでなのですが、ここに大きな落とし穴があることに気付かされたのです。
 何で今まで気付かなかったのか?当然として学んできたものが矧がれ落ち、全く違う仏教の姿が見えてきたのです。私達は、インドでは仏教が廃れてしまったと教えられてきました。しかしこの考え方は違う、そう思えるようになったのです。
 そして、日本や中国の金持ちの多くが軽蔑されるのに、インドの金持ちは尊敬されている訳も分かりました。
 十一月四日の例会では、私のインドに対する思い、そして私なりに理解したインドの宗教、民族の歴史、そこかから織り出されてきたインド人の智恵など、じっくりとお話しさせていただきたいと考えています。
 なお今回のインド旅行、あと二人までは参加可能です。(十月二十三日現在)もし参加希望がありましたら声をかけてみてください。
 
なぜこんな      桐生南無の会会報平成20年10月号掲載文        
 先日の事件です。母親が我が子を絞殺という衝撃的な事件が起きてしまいました。親殺し、子殺しが後を絶ちません。事件が報じられるたびに「なぜこんな」と、思わず自分に語りかけてしまいます。
 今回の事件の背景には、社会制度の貧困が見え隠れしているようです。将来を悲観しての、発作的な凶行なのかも知れないからです。もしそうだとしたら、最も気の毒な存在は、我が子を手に掛けた母親なのかも知れません。
 最近よく言われていることなのですが、最近の若者には将来の希望が持てない社会であると。アメリカのサブプライムローンが破綻(バブルがはじけた)事により、また不況になる。そんな状況下にもかかわらず、企業は利益を出し続ける事でしょう。
 正社員を雇わず、派遣社員や契約社員、パート、アルバイトと、安い賃金で文句を言わない弱い立場の人間を、これでもかといじめることによって、たやすく金儲けが出来る。甘い汁を吸った企業にとっては労せず出来る錬金術ですよね。
 政治にまでこれが波及しています。地方自治体でも国でも、パート労働者があふれているのが今の姿です。こんな状況が良いはずがありません。民も官も、せっせと労働搾取。これで未来に希望をと言われたって、叶うはずがありません。
 若者でなくてもこの構造が広がっていることに、私たちは危機感を持たなくてはなりません。誰もが幸せに生きる権利を有すると、憲法で明記してあるにもかかわらず、それを守ろうとしない国がどこにあるのかと言いたくなってしまうのです。
 その反面、人を騙してでも金儲けをしようとする輩のなんと多いことでしょう。食料に出来ないはずの事故米を食料として売りさばく。そこに、少しでも安いコストを強いられる企業が蟻のように群がる。道徳も、規則もありません。
 天下りで金儲けをたくらむ連中には、言い訳は出来ても改革など出来るはずがない。そんな風にあきらめてはいけないと思いませんか。お釈迦様が、人として正しく、幸せに生きるために、折角示してくださった教えがあるにもかかわらず、幸せになれないとしたら、虚しいではありませんか。
 弱いものがいじめられる、こんな社会の縮図が子供の世界に現れてもいます。子供も希望が見えないのかも知れませんね。もっともっと明るい希望が持てるように、それがお釈迦様の教えなんですから、少しでも近づこうではありませんか。
 悲しい事件はもう沢山です。『将来を悲観して』等という言葉が出て来ませんように。亡くなった子どもさんの冥福をお祈りしました。

思いやる心         桐生南無の会会報平成20年9月号掲載文
 北京オリンピックが終わりました。いつもならもっとテレビ観戦ができたかも知れないが、ちょっと忙しすぎて、ニュースで結果を知ることが多かったように感じています。
 開催期間中には、心配されたテロも起こらず何とか平穏に終わることができ、ほっとした人たちも多いのではないかと思います。私がこのオリンピック観戦で感じたことは、勝ち負けより日中の感情の対立の深さでした。
 日本選手のプレーに対して、中国人達はブーイングの嵐。会場の入り口では、各国の国旗が応援用に売られているのに、なぜか日本の日の丸だけはない。実に大人げないことです。こんなにも日本に対して悪い感情を持っているのかと、改めて思い知ることになりました。この行為は世界のひんしゅくを買ったものでもありました。
 さて、対する日本人応援団。こちらもあまり誉められたものではないように感じてしまいました。見ていると、突撃ラッパの音が聞こえてきます。あのラッパを吹いて応援していた人たちは、どんな思いで突撃ラッパを吹いているのでしょう。あの突撃ラッパは、中国の人たちには決して受け入れることができないものでありましょう。戦争の記憶そのものではないでしょうか。
 ことある毎に中国は、日本帝国主義に対する憎悪と警戒の念を表明しています。その国に行って、帝国主義の象徴ともなりかねない突撃ラッパを吹き鳴らすとは、無神経にもほどがあると思わざるを得ません。
 これは、どっちもどっちとしか言いようがありませんよね。オリンピックにまで反日本を持ち込む精神と、突撃ラッパの応援では、お互い反感を強めることはあっても、理解を深めることは到底無理なことです。相手を思いやる心の微塵も感じられません。
 こんな事で、世界の経済大国だなんて大きい顔をしていたら、信用を失うばかりでありましょう。どの位の人がこれを感じたのか、疑問がますばかりです。もし私がそこにいたら、あの突撃ラッパだけでも止めさせようとしたかも知れません。
 だいぶ前、ビルマ(ミヤンマー)に戦没兵士の慰霊に行った時、ホテルのレストランで軍歌を歌おうとした仲間がおりました。とっさに私は止めさせたのです。「ここは日本人だけではない、ビルマの人もいるかも知れない。日本人墓地で歌おう。」この判断は、今でも正しかったと考えています。
 同じ事が、中国の地でも言えるのだと思えてなりません。相手が何を言おうとしているのか、何を思っているのか、それを分かった上で言うべき事を言い、やるべき事をやる。当然のことですよね。
 『外交音痴の日本』と言われる原因がここらにあるように思えますが。

悲劇よ起こるな        桐生南無の会会報平成20年8月号掲載文
 ついに桐生でも大変痛ましい事件が起きてしまいました。高校生が、プロフに書き込んだ内容でトラブルになり、殺されてしまいました。その数日前にも殺人事件が起きています。そして、八王子でも無差別殺人が起きてしまいました。残念でたまりません。
 特に、八王子の犯人は「騒ぎを起こして親を困らせようとした」と言うではありませんか。これは、どう考えたって三十三歳の発想ではありません。何でこんな考えに至るのか、本当に理解に苦しみます。
 コンピューターが身近になり、当たり前のように手にすることができるようになった。ゲームの世界にもコンピューターが入り込み、誰もが簡単にゲームを楽しみ事ができるようになった。ついには、ゲームでいかに高得点を出すかが興味の中心になり、ますますゲームに熱中するようになった。
 そんな世代が、今重大な事件を引き起こしていると考えることができないでしょうか?思わず背筋が寒くなる思いです。ゲーム機の普及に従い、遊びの内容が変わってしまいました。
 私が子供だった頃、遊びと言えば外でするものでした。そこに居合わせた子供達が、自分たちでルールを定め、それに従ってみんなで楽しむことが当たり前だったのです。そこで、社会のルールーを学んでいったのだと思います。
 男の子であれば、誰もがナイフを持っていました。ナイフを使うことが遊びの道具を作り出すために欠かせないことでした。当然自分の指を切ります。我が身でナイフの危険さを学ぶことになりました。どうすれば我が身を危険から守れるのか、工夫もしなくてはなりません。いつしかナイフの使い方を覚えましたし、人に向けることもしませんでした。
 ところが、ナイフは危険だとして、子供達から取り上げてしまい、その勢いで外で遊ぶことも危険だとする中でのゲーム機の登場は、まさに救世主に見えたのではないかと思います。親たちは子供達にゲーム機を与え、その結果子供達は外で遊ばなくなってしまいました。
 そのため、安全になったと思っている中で、子供達はルールを定めて何かをしようとすることを学ぶ機会を失ってしまいました。刃物がいかに危険なものであるかさえ分からなくなってしまったのです。譲り合うことが必要不可欠なものであることさえ学ぶことができていません。
 ですから、自分の意にそぐわないとなると、自制できないのではないでしょうか。そして、ゲームの世界そのままを演じてしまうことに。
 子供を育てるために必要なことは何か、真剣に考え実行しないと、悲劇は繰り返されてしまいます。

やって良いこと悪いこと     桐生南無の会会報平成20年7月号掲載文
 先日の秋葉原で起きた通り魔事件、何とも言いようがありません。亡くなられた方には、心からご冥福をお祈りさせていただきました。さぞや無念であったろうと思うと、なぐさめの言葉は見つかりませんでした。
 自分にとっては、世の中が憎い。自分がこうなったのは、社会が悪いせいだ。そんな言い方は、昔からあったように思います。しかし、それが理由で、全く知らない人に対して殺意を抱く。この考え方が理解できません。
 私だって怒りの心を抱くことはあります。しかし、その怒りの対象はあくまで限定的であります。怒りの原因と、怒りを向ける対象には、相関関係が生じているのです。怒りの原因と何ら関係のない人に対して、その思いを向けることは考えられないのです。
 何故こうなってしまったんでしょう。最近起こる凶悪事件で、犯行に及んだその理由が「むしゃくしゃしたから・イライラしたから」など、怒りの対象が極めて曖昧であること。そして「誰でも良かった」と言う怒りの矛先。八つ当たりという言葉がありますが、これでは八つ当たりにもならないではありませんか。
 現代は、人が人と顔を合わせて(向かい合って)会話をするという基本を失っています。顔が向かい合って初めて相手の感情が理解できるという、最も基本としなくてはならない原則が崩れてしまっていますよね。
 このことは、私自身がホームページを開設し、ブログを書きと、様々な形でインターネット社会と関わっている中でも痛切に感じることがあります。自殺サイトを見てると、本当に開いた口がふさがらない状態になります。
 何でこんな事を書き込めるのだろうか?疑問符だらけになってしまいます。そこには、あくまでも自分の感情だけで、相手を思いやる気持ちなどありません。自分が面白ければよい。そんなことなのでしょうか、あまりにも無責任なことが書いてあることもしばしばです。
 本来、どのような場面であっても、してはならないことについては厳格な決まりが暗黙の内にあったと思うのです。子供のいたずらに対しても、危険が伴うことであれば、見つかればこっぴどく怒られた。怒ってくれる人は、親だけでなく、近所のおじさんであったり、場合によっては見ず知らずの通りがかりの人であったり。
 貧しい時代だったかも知れないが、誰もが、良いこと・悪いことをちゃんと承知していた。ルール違反に対しては誰もが臆せず注意し、叱った。
 人間形成で最も大切なこと、これがいつの間にか欠けてしまっています。豊かさの中で人は不幸になる。そう思えてならない、本当に痛ましい事件でありました。

失ってはならないもの       桐生南無の会会報平成20年6月号掲載文
 今、私たちを取り巻く物事は、すさまじい勢いで変化しています。
 社会構造全体が、一体どのように変わってしまうのか、皆目見当もつきません。と言わざるを得ないような変わり様であります。
 国も、地方自治体も、宗教ですらその例外ではありません。
 年金の問題、社会保険の問題、どれをとっても明るい明日を感じさせてくれません。お先真っ暗とはこのことをいうのだと、ついつい愚痴りたくもなります。
 老若男女、子どもであっても、例外なくその変化の嵐にさらされているともいえます。その変化が、信じられないような事件を生み出す元になっているのではないでしょうか。
 親が子を殺し、子が親を殺す。謂われのない殺人事件。「自殺するのはいやだから、死刑になりたかった。」これには言葉さえ失ってしまいます。とんでもない事件が、いつ身近で起きても不思議ではない。そんな、いやな思いに包まれてしまいます。
 インターネットに起因する凶悪きわまりない事件も多発しています。その被害が子ども達にまで及んでいるのに、打つ手が無い。子ども達を有害サイトと言われる、危険きわまりない情報から遠ざけなくてはならないのに、親でさえその重大さ、深刻さを理解していません。
 ラジオの番組で、六割の親が子どもの携帯電話に何の対策も施していないと報じていました。その言い分が『子どもを信じているから』だそうです。しかし、信じているはずの子ども達が次々と事件の犠牲になっている。それが現実です。
 硫化水素による自殺も後を絶ちません。ニュースで報じられれば、報じられるほどに増加するのではないかとさえ思えてきます。自殺サイトと言われ
るホームページやブログを簡単に見つけだすことができます。
 自殺をあおるような、子どもに重大な被害を及ぼす恐れがあるような、危険きわまりない、インターネット上にあふれる情報がなぜ規制できないのでしょうか?
 こんな情報に対してでも『表現の自由』が許される必要があるのでしょうか?憤りを感じています。『国が違うから』そんな言い訳は聞きたくもありません。どんな国であっても、駄目なものはダメなのではないでしょうか。
 今や、キレルのは子どもの専売特許ではありません。年齢、性別に関係なく我慢できない、自己中心の考えしかできない、そんな人が増えています。
 この世は思い通りにはならない、肝心なことは、何一つ思い通りにはならないということを、しっかりと解っていなければなりません。
 わがままな現代人への警告です。
 今の日本を言い表すのに、あまり表現はよくありませんが『平和ぼけ』があります。
 物事の本質をしっかりと見極めようともしないで、大騒ぎになることがよくありますね。今まで書いてきた事柄が当てはまるような感じがしています。 私たちは、ニュースで報道される事柄に対して『なぜ?』と言う疑問をもっと持つべきなのでしょうね。ただ一方的に報道されることに対して過剰反応をし、大騒ぎをしているかに見えていたものが、次の事件が起きると、全く忘れ去られてしまう。話題にすらならない、と言うことが多すぎないでしょうか?
 本来、もっと違うことが報じられなくてはならないはずなのに『朝青龍が・・・・』の騒ぎばかりになってしまい、肝心なものが隠されてしまう。そんなことに気付きませんか?
 先日、ミヤンマーを襲ったサイクロン被害、どれだけの人が命を落としたのか?救助を待っているのか?援助を待っているのか?本当に大騒ぎをしていました。ところが今度は四川省の大地震災害の発生です。こちらもとんでもない大災害です。
 でもどうでしょうか、四川省の状況等の報道に対して、ミヤンマーの状況は一向に報道されなくなってしまいました。
 情報が出て来ないからしょうがないでは済まされないはずです。たぶん、国際社会の目が中国に向いてしまったことを一番喜んでいるのは、ミヤンマーの軍事政権でしょう。
 聞くところによれば、ミヤンマーのサイクロン被災地は、反政府勢力の強い地域だとのことです。国際社会の支援申し込みをかたくなに拒む軍事政権。本当の理由はどこにあるのでしょうか。マスコミも、政府も誰も語ろうとしません。もし本当の理由が解ったら、どんなことがおきるのか?
 同じ事は、チベット弾圧でも言えますね。中国政府は、地震被災者には申し訳ないことですが、ほっとしているでしょう。チベット問題が高じたら、オリンピックにだって大きさ影響が表れることでしょう。それが、今回の地震で消し飛んでくれたわけですから、あとは名誉挽回のためにも情報をある程度出して、開かれた中国の演出が可能になりました。
 私たちは、正しく物事を見極め、正しく考える事をしなければなりません。お釈迦様が二千五百年も前にそのことを教えて下さっています。
 時宗の宗祖一遍上人は「捨ててこそ(捨てることの大切さ)」と説かれています。
 今こそ、私たちは仏教徒としての自覚を新たにし、何事にも惑わされることのない正しい生き方を求めるべきではないでしょうか。
 南無の会は、人が人として生きるためになくてはならない会なのだと信じてやみません。

二十四周年を迎えて  桐生南無の会24周年記念講演会パンフレット掲載(6月4日)
 周年記念講演会の準備をしていて気付いたことがあります。今まで意識したことがなかったのですが、桐生南無の会の歴史は、私の娘より長いということです。
 正直言って、我ながら驚きました。本当に長々とやってこられたことは驚きです。人であれば、選挙権を持つ立派な大人だということです。
 南無の会を始めた時には、いつでも止められるという雰囲気がありました。確かに、もう止めようと話し合ったこともあったのです。それなのに今日まで、一回も休むことなく開催し続けることができました。
 ここまで来てしまうと、もう止めるわけにはいかないというプレッシャーがかかってきてしまいます。これからが本当に厳しい道になると、自分に言い聞かせた次第であります。
 周年記念講演会の講師、最も多くお話を頂くことが出来たのが松原泰道師、南無の会の会長であります。今までに三回のご公演を頂くことが出来ました。先生は昨年十一月、満百歳を迎えられましたが、意気軒昂、今でも原稿の執筆に余念がありません。
 松原先生はよく「君は本を読んでいるか?勉強をしなくてはだめだ。僕は読んでいるよ。」とおっしゃるそうです。先生をよく知る先輩からお聞きしました。本当にすごい先生だと思います。
 考えてみると、「桐生南無の会は良くやっているね。頑張っているね。」先生にほめられるのが嬉しくてやってこられたのかも知れません。子どもはほめて伸ばす、の諺通りかも知れません。お世辞だって、松原先生にほめられたとあっては、嬉しいに決まってます。
 孫悟空のお話ではありませんが、先生の手のひらの上で泳がせていただけていたのかも知れませんね。「もう桐生南無の会は立派な大人なんだよ。もっとしっかりやりなさい。」そんな叱咤激励も聞こえてきそうです。
 松原泰道先生におかれては、これからもお元気で、私たちの活動の標となり、導いていただけますように念じてやみません。
 『この親にしてこの子有り。子を見れば親が分かる。親を見れば子が分かる。』こんな言葉がありますよね。かなうことならば、こんな会になれたら素晴らしいことだとつくづく思っています。
 南無の会の基本理念であります『一宗・一派にこだわることなく、広く仏教の教えを説く。』ことが、どれだけ私たちを成長させてくれたか。
 過ぎた時間を振り返ってみたとき、改めてその凄さを感じることができます。これまで、沢山のお陰をいただき、ここまでたどり着けたのだと思うと、感謝の気持ちでいっぱいになります。
 桐生南無の会は、設立以来会費も会則もありません。毎月四日(原則)に例会を開催し、誰でも自由に参加できることを信条としています。都合の付く時だけ、ぶらりと会場へ足を運んで頂き、お茶代として五百円を喜捨頂くだけで結構です。それが私達の活動を支える何よりの励みになります。
 桐生の地で宗派を越えたこのような会が開催できますことは、桐生仏教会の先輩達が築き上げて下さった素晴らしい伝統があってこそです。(桐生仏教会は平成二十二年、設立百周年を迎えます)
 廃仏毀釈の嵐が吹き荒れた明治期に設立された積善会以来、その精神は今日まで連綿と受け継がれています。その素晴らしい先輩達に恥じないよう、今後とも精進努力を重ねてまいる所存でございますので、桐生仏教会・桐生仏教会青年部、桐生南無の会の活動に対しまして、皆様の一層のご理解とご鞭撻を切にお願い申し上げます。

HPの幻想Ⅱ   桐生南無の会会報平成20年5月号掲載文
 以前、宗のホームページを立ち上げたとき、議論になったのが「悩み事相談」などにどう対応するかと言うことでした。もし自殺をする、という内容の相談が寄せられたとき、誰が責任を持つのか?問い合わせなども誰が責任を持って返答するのか?
 そのような心配があり、結局問い合わせはできない(メールを受けない)そのような結果になってしまいました。
 私は、個人でホームページを立ち上げましたから、全て私の責任において対処する、この前提で様々な問い合わせに対処することに決めました。
 当然「自殺」に関わる相談も受けるように窓口を開きました。確かに相談は突然入ってきます。「もう疲れた、死にたい。」そんなメールもあります。
 しかし、思っていたほどは緊急を要するものは入ってきません。正直言ってほっとしているところです。インターネット社会が始まり、当初はお寺のホームページが大変珍しかった。話題性も今とは比較にならなかったはずです。数少ない門戸を開いている窓口に、相談が集中したこともあったようです。
 しかし、多くの寺がホームページを持ち、門戸を開いている寺も沢山ある今、自分の悩み事相談の窓口として相応しいかどうか、それは相談者が自分の嗅覚で選ぶようになったのでしょう。
 それでも、あえて言うならば、自殺者が後を絶たない今、寺は、僧侶はどう向き合うべきかを、真剣に考えなくてはならないと考えられるのですが。
 寺院が、地域の中で一風景に過ぎない、と言われてしまうような時代です。これから寺を取り巻く環境は、ますます厳しくなってくるものと思われます。そんな状況下にあって、あえて寺がなくてはならない存在であることを、僧侶が自覚しなくてはならない。そんな気がしてなりません。
 なぜこんな事を書くのかと言いますと、2月から意見公募をホームページ上で始めました。ローカル紙にも取り上げてもらいました。月刊ナームにも紹介していただきました。紹介された時、確かにヒット数は若干増えたのは事実です。しかし、意見がいまだに書き込まれてきません。
 4月に入り、それまでとは比べものにならないくらいヒット数が増えています。1日平均で20件を軽く超えています。ですから意見公募をしていることが知られていないとはいえないのです。
 にもかかわらず、書き込んでもらえないと言うことは、もう既に寺が魅力を失ってしまっているのか、無関心?なのか。
 もしそうだとしたら、仏教の、寺の直面している末期的な症状はいかんともしがたいと、引導を渡されたとしか言いようが無くなってしまうのです。
 杞憂であればよいのですけれども。

自殺サイトを見た    桐生南無の会会報平成20年5月号掲載文(今月は2編です)
 このところ、亜硫酸ガスによる自殺が続いています。もうどうにもしようがないくらいに、沢山の人たちが同じ方法で自殺をしています。
 インターネットの中で、どのように規制をしたらよいのかという議論も活発に行われるようになってきています。
 そこで、私も遅蒔きながら『自殺サイト』を見てみることにしました。と言うよりも、私のホームページでも悩み事相談を受けるようにしています。
 キーワードとして「自殺対策」「悩み事相談」「駆け込み寺」などを設定していますから、検索した時どのような順位で出てくるのかを調べてみたという方が正しいかも知れません。
 『駆け込み寺・自殺』で検索をかけて、どのようなサイトがあるのかをずうっと見ていった時です。俗に言われる「自殺サイト」に該当するホームページがあることに気が付きました。
 そこには、実に細々としたことが書かれています。何という名の商品をどの位求めればよいのか。どこで買えるのか。それを見たとき、こんなに簡単に手に入るものなのか、と驚きました。
 ひょとしたら、既にあなたのお宅にもそろっているかも知れません。そのくらい当たり前の家庭用品ということです。そして、ご丁寧なことに、どのようにしたらより効果的に、楽に死ねるかまでもがちゃんと図示してあります。
 自殺予告?のブログもありました。それを見た沢山の人が、そこに書き込みをしています。「死にたければ好きにすればよい」「人の迷惑だし、危険だからほかの方法にしろ」「死んじゃだめだ」等々。それにしても、自殺をあおるような書き込みは、一体どんな人がしているのか。
 想像だにしたくない現実の姿がここにありました。世の中狂っている、としか言いようのない感じがしてしまうのは、私だけでしょうか。本当に悲しくなってしまいます。
 だからといって、1日24時間、パソコンにかじり付いて、監視し続けるわけにもいきません。脱力感だけが残るいやな思いをしました。
 自殺をけしかける人がいる、せっかく育てたチューリップを、傘でなぎ倒していく人がいる。こんな悲しい現実を見せられると、明日への希望なんか生まれてこないようにも思えてきます。
 優しさというか、思いやりというか、そんな他に対する姿勢が欠如した世の中。まさしくこんなところが、勝ち組・負け組という言葉の副産物なのかも知れませんね。
 人が死のうと、悲しもうと、自分には関係ない。そんなことには一片の想いすら向けたくない。そんな言葉が聞こえてくるようです。そんな想いで毎日を過ごしている人は、きっと満たされていないのでしょうね。
 
HPの幻想Ⅰ  桐生南無の会会報平成20年4月号掲載文
 昨年9月、青蓮寺のホームページが産声を上げました。そうして、早くも6ヶ月が経過しました。
 最初は全く見当がつきませんでしたが、最近になって、おぼろげながらですが判ってきたことがあります。
 検索サイト(ヤフーとかグウグル)の中での順位がどうなっているのか、わりかし豆にチェックしているのですが、そこで判ったことは、世間で言われるほど人に見られていないと言う事実でした。
 特殊なHP(芸能人とか名の知れた人など)は確かに1日に何万人という人が見ます。しかし寺のページとなるとそんな訳にはいかないようです。
 現在青蓮寺のページを見てくださる人は、せいぜい1日20人程度です。しかしヤフーで『青蓮寺』を検索してみると、約293千件のなんと一番目に出てきます。青蓮寺と検索して出てくるのは、寺だけではありません。三重県の観光地に青蓮寺湖というダム湖があり、ホテルや観光農園・レジャー施設などのHPがひしめいています。
中には、ワンクリックいくら(そのページが開かれるたびに検索サイト管理者(ヤフーなど)にお金を払う)としてでも、より上位に表示してもらう。そのようなページを含めての第一位に出てくると言うことです。
 お判り頂けるでしょうか。より多くの人に見てもらえている、かつ更新頻度の高いページが同じ条件なら上に来るという建前のようですから、青蓮寺をキーワードにした場合、私が住職をしている青蓮寺のページが最も多くの人に見られている?
 そんな馬鹿な、と言いたくなります。2月中に見てもらえた回数は452回です。1日平均で15回。たった15回で一番なのです。これが本当の姿なのです。
 これをほかのサイトで裏付けることができます。ニフティーという検索サイトなのですが、検索結果の第1ページ目の上に『ズバリ!青蓮寺の最新情報は”瞬!コレ”で』というコーナーがあります。同じキーワードが多い検索に出てくるようなのですが、このコーナーを見てみると、そのキーワードが出てくるブログがわずか5分ぐらいで紹介されたり、とても面白いコーナーなのですが、「青蓮寺」といえばコレ!という定番サイト。として紹介されています。
 見てもらえる回数(ヒット数)は日によって違います。10回前後が3日も続くと、定番サイトから消えてしまいます。
 やはり15・6回は1日にヒットしないとだめです。こんなもんなのです。
 しかしどう探し当てたのか、たまにはメールが入ってきます。コレで儲かるなんて考えたら大違いだと言うことがお判り頂けたでしょうか。
 
 春まだ遠し      桐生南無の会会報平成20年3月号掲載文
 今年は、ラニーニャ現象が起きているそうで、6月ぐらいまで続くそうです。と言っても、私たちにはどうすることもできず、ただやられっぱなしになっているだけです。
 立春を過ぎてからの寒波、結構強烈で、真冬のような寒さが続いていました。何年ぶりでしょう、本当に久しぶりに本堂で花瓶の水が凍り、朝のお勤めでは厳しいものがありました。
 寒さで震えている私たちに関係なく、太陽の位置がだいぶ北に上がっています。陽の強さもだいぶ増し、風は冷たいが窓越しの日の暖かさは強い。着ているものにも困ってしまいます。
 インド仏跡参拝旅行を一年後に控え、朝新聞を広げると、世界の天気予報欄。今から気にしたところでどうなるわけでもないのですが、ついつい目がいってしまいます。
 参加者が上手く集まれば良いな、あれこれ檀家さんに募集文を考えてみたり。写経を募ったり。そして時々グーグルアースで、インドの仏跡を見てみたり。何回見ても変わるはずがないのですが、ついつい見てしまいます。
 インターネットでインドの情報集めも結構楽しく、その結果新しいメル友ができたり。と、インターネットにもはまっています。ブログなるものも、やってみると結構面白いもので、写真を入れられるようになったりと、面白がっています。
 寒い夜は、部屋にこもってパソコンとにらめっこ。いつしか時間の経つのも忘れてしまいますが、足下だけは、確実に寒さに凍えてしまいます。布団に入っても足先が冷たくてたまらないので、仕方がないので、使わなくなっていた母の電気あんかを置いてみました。ちょっと電気を入れるだけですが、これは調子がいい、と思ったのもつかの間、壊れてしまい全く暖まらない状態に。
 泣く泣く新しいあんかを買う羽目になってしまいます。こんな調子で毎日を送っていると、時間の経つのが早いこと。もう今年も六分の一が過ぎてしまいました。
 そうこうしているうちに蓮の植え替えをしなくてはならない時期になります。こうして、私たちは常に、なにかに追われるのでしょうね。これが終われば・・・。そんなに上手くはいきません。
 季節感さえ失ってしまいがちになりますが、植物達はその時その時を、確実にこなしています。芽を出す時、花を咲かす時、その時々にしなくてはならないことをやり遂げていきます。
 私たちも、その時々にしなくてはならないことがあります。忙しさにかまけて、やり損なっているのでは情け無いと言うことでしょう。
 寒さに負けずに芽を出した、水仙の青い葉を見ていて教えられました。
 
子年を迎えて      桐生南無の会会報平成20年2月号掲載文
 皆さんは『ねずみ』というとどんなイメージをお持ちでしょうか。よく見るとつぶらな瞳で、結構可愛い生き物です。しかし、いたずら?が過ぎますので、昔からどちらかと言えば嫌われ者的存在でありました。
 臆病者ですが、結構利口で、豆に動き回りますから、一所懸命に動き回っていると「まるでコマネズミみたい」と言われてしまいます。
 私事ですが、昨年はイノシシ年に相応しく、本当に猪突猛進的なところがありました。ホームページを立ち上げてみたり、永代供養を始めたり、挙げ句の果てにはインドの仏跡参拝旅行を企画してしまったり。本当にバカみたいにいろいろなことに取り組んでしまいました。
 今年は、本当に試される年になってしまいそうです。ただがむしゃらに突き進むのではなく、コマネズミのようにちょこまかとやって行かなくてはならないのでしょうね。
 寅年生まれの私は、あと2年で還暦を迎えます。五十台最後の悪あがきと言うところでしょうか、呆れ返られないように注意しなくてはならないと、自分に言い聞かせています。
 一月になって、ホームページの中に四つの掲示板を設置しました。
①仏教・お寺についての意見交換
②檀家さんによる青蓮寺の評価
③生きること、命、永代供養などの語 り合い
④ペットについて語りましょう
と言うものです。
 どういう結果が得られるか、内心はびくびくしていますが「やらなくてはならない、この状況を何とかしなくてはならない。」そんな思いが私の背中を押してしまったのです。
 人の心はどうなってしまったのでしょうか?あまりにも信じがたい事件が多すぎます。これほどまでに人の心が乱れている原因の一つに、宗教の存在があるのではないでしょうか。
 あまりにも怪しげな宗教?が蔓延ってしまっているのを、むざむざ見過ごしてしまっている。ただ手をこまねいて傍観してしまっている。お寺は・僧侶は単なる葬儀式の執行人、先祖の霊が怒って暴れ出さないように法事をする。そんな状況に甘んじて良いのか、反省しきりとなっています。
 仏教のあるべき姿は一体何だ。原点に立ち返り、真剣に取り組まないと、本当に人々から見放されてしまいそうです。
 ここに南無の会の存在意義が確かにあると思います。仏教の正しい(正統な)教え、この教えの下で生かされているという実感。そんなことを南無の会から感じていただければ本当に有り難いと思っています。
 迎えました年が、良き年になりますよう、祈らずには居られません。
 
 これ以前の文章は省かせていただきます
 
 
 
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