サイトメニュー・あなたの調べたい・知りたいことは?
時宗 青蓮寺 青蓮寺の永代供養・散骨(22/02/25更新) 青蓮寺のペット供養(22/02/25更新)
青蓮寺の紹介 (05/20独り言を追加) 青蓮寺の境内散策 メンバー募集 (12/09住職はこんな人)
お知らせ(檀家用) (01/16 1月01日号UP) 桐生南無の会 (02/25新規記事追加) 桐生仏教会
問い合わせ等 リンク集 青蓮寺への道案内
インド八大仏跡参拝旅行報告 (ブログでご覧下さい) 意見公募のページ 相談のページ
青蓮寺の境内散策に『夏の境内』を追加 (2008/07/30更新) お正月プレゼント (1月15日締め切り)
NEW 住職の法話サイト 現在3話ご覧いただけます。
インドについてもっと知りたい方はこちらへ lololon note lololon婆の見聞記
悩んでる・苦しい・死にたい ←こんな時は迷わずクリック
(サポーターを募集しています。苦しんだ経験者は力を貸して下さい)
*メッセージボードを再開しました。よろしくお願いします。
仏教やお寺に関する意見公募 ←ここからお進み下さい
このHPの感想、仏教やお寺に求めるもの、不満やエールなど、みんなで語り合いませんか?
インドの仏跡参拝旅行、あっと言う間の12日間。未だに興奮冷めやらぬ状態です。お釈迦様にお会いできた私は幸せ者です。旅行の様子は、順次ブログにUP中です。
住職のブログ 『青い蓮』 青蓮寺NOW インド以外も書いています。
永代供養墓苑『アユスの郷』第一期工事が終了しました
 |
永代供養墓(合葬部分)の一期工事としてインドの地よりアショカピラーを招来いたしました。
先日のインド参拝旅行では、実物と対面してきました。
インドの国章にもなっているこの像は本当に素晴らしいできばえで、見ていて飽きません。
インドの職人さんに等寸で作成していただきました。 |
 |
本堂の前から見た様子です。ひときわ目立ちます。
前方に広がる芝生に、過日の参拝旅行で採集した各聖地等の土や煉瓦のかけら、石でもってインドの仏跡のお砂踏みを作る準備を進めています。
飛び石1つ35000円で、お施主さんを募集しています。 |
 |
駐車場から見えるアショカピラー、その大きさを想像していただけると思います。
高さは4.5メートルぐらいあり、完全に石塔の上に見えます。
ぜひお越し頂き、ご覧になられますように。
特に、永代供養をお考えの方にとっては一見の価値があるはずです。 |
時宗の宗祖は一遍上人で、お念仏を称えることを旨としています。また、一遍上人は差別の心なく誰にでも念仏のふだを渡される布教の旅(遊行)をされたことで特に知られ、一遍上人の没後10年目に弟子により編纂された国宝『一遍聖絵』に描かれる場面は、日本史の教科書によく使われています。
時宗の宗祖一遍上人は、熊野本宮(証誠殿)で、熊野権現の神勅により悟りを開かれました。以降16年間、全国をくまなく歩かれお念仏を勧められました(遊行)以来時宗の代々の上人は『遊行上人』と呼ばれることになります。
時宗の総本山は神奈川県藤沢市にある『清浄光寺』ですが、『遊行寺』の名前で親しまれています。遊行上人の居るお寺ということから遊行寺に。
4月の開山忌は、遊行寺を開かれた第4代呑海上人を、9月の開山忌は時宗の宗祖一遍上人をお祀りする一大行事です。
現在の遊行上人は、遊行74代 真円上人です。
時宗は、よく「北条時宗」と関係あるのかと聞かれますが、関係はありません。
時宗 青蓮寺は、天正三年に由良成繁公が桐生の地に城をかまえたとき、太田市尾島の地より現在地に新田一族の象徴として移転したものと伝えられています。住職不在の時期も耐えて、一遍上人の法灯を守っています。
桐生市唯一の時宗寺院、青蓮寺の本尊様は源義国の持仏でありました善光寺三尊で、ながく秘仏とされてきました。現在は秋の彼岸中日、午前10時から午後3時まで開帳し、皆様に参拝していただいています。
善光寺信仰の流れをくむ本尊様のご縁で、青蓮寺は善光寺会の末席に入っております。
非常に庶民的な宗風が一遍上人・時宗の真骨頂です。
本ホームページ上で使われている写真や文章の無断借用・転用は固くお断りいたします。
リンクを貼る場合には、事前にご連絡いただければ幸いです。
もしよろしかったら感想をお寄せ下さい メールはここから
ホームページに掲載しないメールマガジンをお送りします。
住職のブログ 『青い蓮』 青蓮寺NOW はこちらです
ニフティーの検索画面で、『画像』を指定し『インド仏跡参拝の旅』で検索を。これでOK。インド仏跡各地のビデオをご覧いただけます。今のところ私のビデオだけが検索されます。
『お葬式が変わった』=2=
お葬式のあり方が、散骨が、大きく変化しています。首都圏では直葬(病院から直接火葬場へ、お葬式も何もしないでお骨にしてしまう)が既に3割を超えているとか。ちょっと信じられない思いです。こんな現象を招いたことは、寺(僧侶)の責任も大きいことを反省しているところです。
それにしても、散骨は骨捨てではないはずなのですが。どの様な思いでなされているのでしょうか。H21/09/29
『お葬式が変わった』
お葬式のあり方が、散骨が、大きく変化しています。供養のあり方が改めて問われているように感じます。
何故お葬式をするのか?何故年回忌をするのか?その意味が失われてしまっていないでしょうか?もし自分が死んだとき、家族が遺体をゴミとしか感じないで、そのまま火葬され、遺骨は捨てられる。それで気持ちが休まりますか?納得できるのでしょうか?
そんなことを全く考えずに機械的に処理をしてしまうこと、こんな状態だから家族は崩壊し、地域も崩壊してしまう。あくまでも個人が存在するだけで、そこには思いやりも労りも感じない。あまりにも危険な状況です。幸い青蓮寺の檀家さんではまだ発生していません。 H21/08/26
『お葬式で100万円損する方法』
実に衝撃的なタイトルですが、ちょっと面白いサイトを見つけましたのでご紹介させていただきます。私たちは例外なくいずれは死を迎えます。この現実から目を離さないでくださいね。今回ご紹介するサイトは、最後のセレモニーについてのアドバイスが書かれています。お葬式で100万円損しなくて済めば、お寺のお布施までその中で楽にまかなえてしまいます。これは大変有り難いことですね。
最近お施主さんと葬祭業者の間で、葬儀費用を巡ってのトラブルが起きているとも聞きますので良く研究してみてください。 H21/04/24
ご注意下さい
皆さんは『時宗』や『遊行寺』でサイト検索をされると思います。検索されたサイトの中には、残念ながら極めて悪質なサイトがあることを承知していなくてはなりません。
いかにも時宗の・総本山遊行寺のHPのようなサイトもあります。そこには、生前戒名を普及することを謳い文句にし、極めて低い金額で時宗の戒名を付与しますよと書いています。しかし、このサイトは時宗には全く関係のない寺院であり団体であります。そこで戒名を買った?としても、全国どこの時宗寺院だって受け付けてくれません。他の宗派でも抗議をしたりしているようですが困っています。
騙されないように、くれぐれもご注意下さい。
時宗に関係する正式な寺院のサイトでは、生前戒名の説明はあるかもしれませんが、檀家さんでもない方々に安易に戒名を付与するような記述、行為は一切ありません。
青蓮寺NOW(ミニコラム)
ここでは、ちょっとした
「今」を書きます。・・・
すぐ変わるヨ
皆さんは草取りをしたことがありますか?春先になると芝生の中には様々な雑草が芽を出しています。芝生が芽を出す前は、この雑草が目立つので草取りがとてもしやすいのです。ちょっとした時間を見つけては芝生にはいつくばっての草取りをします。草取りをしていると、他には何も考えません。とても気持ちがよいものです。一人贅沢を味わっています。 H22/02/25
今仏教を・寺院を取り巻く環境・意識が大きく変わろうとしています。あなたは感じていますか?自分の寺は全く問題ない、大丈夫なんて思っていませんよね。(僧侶・壇信徒ともです)あと数年でどう変化してしまうのか?気が付いた時にはもう手遅れだと思います。(上の「お葬式が変わった」を読んで下さい) H21/11/11
永代供養墓のモニュメントにサールナートのアショカピラー、今度はインペリアルレッドというインドを代表する石のプレートを用いた仏跡のお砂踏み、そしてブダガヤの仏足石の模刻を計画しています。インドを、お釈迦様を理解することなく仏教を理解することはかないません。全ての仏教宗派に言えることだと思っています。H21/10/11
松原泰道師のこと
日本の仏教界の重鎮であった松原泰道師が逝去されて早くも2ヶ月が経ちました。まさに光陰矢のごとしです。師の晩年の著書を改めて読み返しているところですが、反省しきりであります。
皆さんにも是非お読みいただきたいと深く感じています。特に僧侶の方にお願いをいたします。 H21/09/29
坊さんという職業
住職になって37年が経ちました。実に早いものですね。その中で自問自答し続けているものがあります。
衣を着て何が出来るのかと言うことです。若い修行僧に毎年10回ちょっと90分の講義をしております。その講義の初回に必ず問いかけることがこのことです。
今、仏教は・寺院は極めて困難な状況に直面していることを明らかにした上で、個々に自問自答して欲しいと言うことをお願いします。
お経を読むことは、僧侶の仕事として考えた場合おそらく1割ちょっとがせいぜいでしょう。そのほかの部分が何であるのか?自分として何がしたいのか?何が出来るのか?
生きている人とどう向き合うのか、命とどう向き合うのか。これが大命題になります。
私は墓参に訪れる檀家さんとよく立ち話をします。その話の中で「これはちょっと問題があるな」と感じた場合には場所を本堂に変えることもあります。時には1時間以上話し込むこともあります。正直言ってこれは結構きついことです。でも、お帰りになる時、話す前の顔ではなく、さっぱりした顔になっている、和らいだ顔になっている、そう感じられた時には話をして良かったと思えます。
時にはせっぱ詰まった様子で電話がかかってくることもありますし、話を聞いて欲しいと来られる場合もあります。
檀家さん以外の方が見えることもあります。解決できない話でも、お聞きしながらアドバイス程度は出来ることもありますし、聞くことだけでも必要なことがあるのです。
不思議なことに、話をしているうちに自ら解決策を見いだされるということがよくあります。今自分は苦しい、つらい思いをしている、話すのには勇気が必要です。聞く方にしても楽しいことではありませんよね。
でも、一歩踏み出せたことで新たな展開が生まれることだってあると言うことです。きっと、お寺・坊さんに求められている事なのでしょうね。
ところがお寺に来られる方の多くが、最初は別の所に行っているようです。たとえば怪しげな宗教もどきの所であったりと言うことです。占いみたいな所にもよく行っているようです。確かに、よく新聞広告で『悩み事相談』みたいなのがあります。
先日も、サギ騒ぎがニュースで騒がれていました。あれですよ。
拝んで病気が治るなら、病院もお医者さんもいりません。あらゆるお困りごとの原因が霊障だみたいなうたい文句を書き連ねて、蜘蛛の巣みたいに獲物?を待ちかまえているのに。
そんな所に行く前に、まずはお寺があるのにと思うとちょっと残念に感じます。生きている人のために寺はあるのだ、坊さんがいるのだと言うことを忘れないで欲しいのですが。
もっともっと寺に、坊さんに要求できる事があると考えています。H20/04/15
ページのトップへ戻る